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薄毛治療薬など直販「Hims & Hers」が上場:野心的な成長ストーリーと懸念 #881

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薄毛治療薬など直販「Hims & Hers」が上場:野心的な成長ストーリーと懸念 IPO 2021年01月25日

目次 米国男性の2/3は35歳までに薄毛を経験 生涯を通じ信頼できるブランドを目指す 一般的な新興D2Cとの違い ヘルスケア産業の大きさをアピール プライマリーケアに特化したサービスも 描いた展望は大きいが、果たして...? ヘルスケア商品のオンライン販売を手掛ける「Hims & Hers」がニューヨーク証券取引所に上場した。

SPAC(特別買収目的会社)を通じたディールで、統合時の評価額は16億ドルにのぼった。創業から3年という期間での上場は、米国における近年の注目ベンチャーとしては珍しい。

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オンラインで個人向けに直販するモデルの新興企業は「D2C」と呼ばれ、ここ数年注目度が高まっていた。その中でも稀に見るサクセスストーリーとなったのがHims & Hersだ。

Hims & Hersはどのようにして生まれ、今後どこに向かおうとしているのか?過去のインタビューや直近の開示資料をもとに整理していきたい。

米国男性の2/3は35歳までに薄毛を経験 彼らが最初に展開したのは、男性向けブランド『Hims』だった。米国において、薄毛やED(勃起不全)などの悩みを抱える男性は少なくない。

米国抜け毛協会(American Hair Loss Association)によれば、米国男性の3分の2は、35歳までに何らかの薄毛進行を経験するという。抜毛に悩む男性のうち約25%は、21歳になる前から悩み続けている。

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EDについては、実に52%が経験しているという調査もある。年齢別だと40歳時点ではおよそ40%、70歳時点では70%近くだという。

『Hims』は、こうした悩みに焦点をあてて始まった。創業したのはアンドリュー・ダダム(Andrew Dudum)。

ダダムは18歳のとき、大学をドロップアウト。サンフランシスコに移り住んで、スタートアップに参画した。最初に加わったスタートアップは2012年、スペインの通信会社テレフォニカに売却された。

2013年にはベンチャーファンド「Atomic」を創業。ピーター・ティールやマーク・アンドリーセンら大物も支援し、自らアイデアを創出するタイプのVCとして注目を集めた。

2017年に創業したHimsも、そうしたアイデアの一つだった。

ダダムは、多くの男性が似たような悩みを抱えている点に着目。消費者にできるのは「夜中にブラウザをシークレットモードにしてググる」くらいのことだった。出てくるのは怪しい通販サイトばかりである。

生涯を通じ信頼できるブランドを目指す Himsの創業には大きな後押しもあった。

一つは医薬品の特許切れで、もう一つは法改正だ。薬剤を安く手に入れられる土壌が整い、多くの州でオンラインで医薬品を購入できる環境も整った。

ターゲットは若い世代だ。ダダムは、コンプレックス商材の多くが中高年向けであるが、むしろ若年層にこそ必要なものだと考えていた。今から配偶者を探し、関係を築いていく人ほど、こうした悩みが切実なものとなる。

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開始から1年と経たない2018年6月には5,000万ドル(累計9,700万ドル)の追加調達を発表。評価額はこの頃までに2億ドルにのぼっていたと報じられた。

当時すでに、EDに特化した「Roman」や育毛特化の「Keeps」など競合も存在していたが、Himsはより大きな展望を描いていた。

当初からダダムは、Himsを「一回買ったら、それで終わり」というサービスにはしたくなかった。人には言いづらい心身の悩みを、信頼して相談できるブランドに育てようとしたのだ。

同じく2018年には、女性向けブランド「Hers」を開始。女性向けの商品ラインナップでは、経口避妊薬や「性的欲求低下障害(HSDD)」といった領域が加わる。

一般的な新興D2Cとの違い 2019年には1億ドルの資金を調達し、いわゆる「ユニコーン」企業(評価額10億ドル)の仲間入りを果たす。そして今年、ニューヨーク証券取引所に上場するまでに至った。

D2C領域での圧倒的な成功事例として語られることの多いHims & Hersであるが、アンドリュー・ダダムは自らを「いわゆるD2Cスタートアップ」とは異なるものとして説明する。

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多くのD2C企業が展開するのは、単一商品をきれいにパッケージし、デジタルマーケティングの力で販売するモデル。コストを省き、マーケティングを最適化することで「市場のスキマ」をつく性質が大きい。

Hims & Hersにも当然、そういう部分はあったし、それ自体は当然の戦略とすら言える。

しかし、彼らが実現しようとしているのはそれ以上のもの。いわば、個人が簡単に医療サービスを受けられるための「問題解決」プラットフォームである。

先述した『Roman(ED特化)』『Keep(育毛特化)』は名前からしても「悩み」そのものにフォーカスしている。一方の『Hims & Hers』は「利用者」に焦点をあてているわけだ。

ヘルスケア産業の大きさをアピール アンドリュー・ダダムはヘルスケア領域について、いまだデジタル化されていない「最後の」数兆ドル市場だとアピールする。

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小売産業は5兆ドル、物流産業は2兆ドル、金融サービスは1.5兆ドルの規模があるとされる中、ヘルスケア産業には4兆ドルもの大きさがあるのだ。もちろん、この数字自体は驚くには値しない。

重要なのは、これが「デジタル化されていない」という点である。遠隔医療サービスの普及が始まったとはいえ、多くの人はちょっとした診断を受けるためにも病院に足を運んでいるのが現実である。

ダダムは「米国のヘルスケアシステムはぶっ壊れている」とまで豪語する。多くの米国民にとってコストがかかりすぎ、すぐに相談できる医師がいない。予約してからサービスを受けるまで何週間もかかるケースも少なくない。

Hims & Hersは単なるD2Cブランドではなく、米国がヘルスケア全体に対して抱える大きな構造的課題を、消費者の観点から作りなおす野心的なベンチャーだというわけだ。

プライマリーケアに特化したサービスも カッコいいブランディングで医薬品を通信販売するだけでは、これらの課題を解決することはできない。

Hims & Hersでは、相談相手となる医師とのネットワークを拡大することにも尽力してきた。

ブルームバーグの特集(昨年10月)によれば、200人規模の医師が毎週何百人という顧客を診ているという。現在、開始以来の相談件数は200万回を超えている。

以前の記事(One Medical)でもご紹介したように、米国には「プライマリーケア」という概念がある。プライマリーケアは、いわばかかりつけの主治医。継続的に診療することで、より幅広い視点から患者をみつつ、適切な処置につなげられる。

Hims & Hersもプライマリーケアに特化したサービスを展開する。オシャレな「コンプレックス商材D2C」から、総合的な遠隔医療サービスを提供するプラットフォームに転身するという、野心的な成長計画を立てているのだ。

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足元での成長をドライブしているのは、注文件数ではなく「平均注文金額」。顧客あたりの単価が上昇しているのだ。

一方で、注文件数が伸び悩んでいる点も重要な事実である。顧客単価の上昇には限界があるはずなので、このままでは売上成長は伸び悩んでしまう。

描いた展望は大きいが、果たして...? Hims & Hersは、先日取り上げた「SoFi」と共通する点が多い。SoFiは将来有望な若者をターゲットとし、ローン商品など高単価商材をクロスセルすることで成長を目指すモデルだった。

米国の若手層(ミレニアル〜Z世代、そしてそれ以降)が魅力的な消費者層なのは確かだ。彼らはデジタル選好性が強く、購買力もこれから伸び続ける。

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現時点において、Hims & Hersの成長戦略が「絵に描いた餅」だという点は指摘しておかなくてはならない。売上の57%は「性の悩み」関連、35%は「薄毛・スキンケアその他」に関する商材からきている。

実現できているのは「オンラインで処方薬を購入できるプラットフォーム」。これが土台となって、前述したような壮大なビジョンが実現できるかが今後の焦点となる。

ダダムが言うように、デジタル時代の新しい遠隔医療プラットフォームが確立できれば、大きなアップサイドがあるのは確かだ。しかし、だとすれば「何故、創業3年でSPACによる上場を選ぶ必要があったのか?」という疑問は残る。

本当に有望なベンチャー企業なら、未上場のまま巨額調達を繰り返して大きくなる選択肢もあったはずだ。それを選ばなかったのには、何か理由があるに違いない。

一つ考えられるのは「D2C」という事業モデルだけでは資本市場では評価されづらいからだ。

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マットレスD2Cとして注目されたCasperは2020年のIPO以来、株価が低迷した。卸売への展開を進めていた点など事情は異なるが、時価総額は3億ドル程度。上場企業として成功したとはとても言えない。

少なくともHims & Hersにとっても、「単なるD2Cではないよ、遠隔医療プラットフォームだよ」とアピールした方が、投資家からの評価が跳ね上がるのは間違いない。

ダダムはベンチャー・キャピタリストであり、上場後どこまで真剣に経営を続けるつもりなのかも疑問が残る。何より、注文回数が伸び悩んでいるという事実をどうやって成長に転換させるのか。

絵に書いたビジョンは大きいが、本当に実現することができるのか?どちらの結果になるかは、時間が明らかにすることだろう。